ちえぶくろの失敗体験記
こんにちは~!ちえぶくろです!!
私は、成功した人に「あなたの一番大きな失敗は何ですか?」とよく聞きます。
内心、図々しくて申し訳ないと思っています(本当ですよ!)が、それには理由があります。
あるものごとをする時、成功者のやったとおりに再現し成功するのは難しい一方、
失敗した体験記を聞き、それをしないようにするのは比較的簡単だからです。
そこで今回は
さかのぼること25年くらい前の出来事で覚えている限りですが、
私の一番の失敗体験記を残したいと思います。
この記事が読者の皆さまの何かのご参考になれば幸いです。
大学中退→ニートという挫折
プロフィールに書いてありますが、私は大学を中退しています。
中退したのは卒業直前4年生の時です。
卒業論文が書けず、というか、書かずに中退しました。
自分で言うのもなんですが、子供の頃から要領よく、大学時代の卒業論文以外の成績はAとBばかりだったくらい、20数年間それまで大きな失敗もなく過ごしていましたので、初めての大きな失敗といえる出来事です。
そしてその後4年間はニート生活を送りました・・・。
なぜ卒論を書かなかったか?
ではなぜ卒論を書かなかったのか、というと理由は2つあります。
理由①担当の助教授と喧嘩した
これは本当に恥ずかしい話なんですが、私は子供のころから短気で、いわゆる「すぐキレるやつ」でした。
わがままで「自分が常に正しい」と思っていたんですよね。
そして母から「あんたはすぐ怒る。短気はソン気だよ」といっっつも叱られていました。
短気はソン気とはよくいったもので、キレたあとは必ずというほど損することが多かったです。
卒論を書くに当たってもしかりで、些細なことで担当の助教授と喧嘩し、そのまま後に引けなくなって結果的に中退することになったのです。
というかあまり詳細は覚えてはいないんですが、「自分が正しい」と思って「卒論なんか絶対に書いてやらん」と決めてしまったんです(笑)
ホントに頭のおかしなやつですよね。
卒論はその助教授が全ての裁量権をもっていて、相談しつつ認定を受けないと卒論として認めてもらえないのに、「書かない」どころか「書いてあげない」と決めたんですから(苦笑)
せっかく大学まで行かせてくれて4年生まで進学したのに中退なんて、まぁ今考えたらとんでもない親不孝者です。
ホントに反省しています。
そして今は短気を起こしていません。
自分にくぎを刺すために、もう一度。
「短気はソン気だよ」
理由②人生の目標を失った時期と重なった
高校生のころから私には夢がありました。
家庭裁判所の調査官になりたかったんです。
これはマンガ『家栽の人』の影響です。(かなり古いけど、同世代の方ならわかる方が多いと思います)
大学も家裁調査官になるために入りました。
家裁調査官は公務員で、主な仕事は家庭裁判所の審判をする前の調査をします。
公務員なので当然その専門的な知識を問われる試験があります。
はたして私は大学に入学し、いざ家裁調査官に!と意気込みました。
しかし当時はインターネットなんてない時代(携帯電話がボーダフォンだった時代)でしたから、情報が全くなく、試験を受けるにもどこをどう勉強すればよいか分からなかったんです。
それでもせっせと3年間勉強し、臨んだ本試験で見事に不合格となりました。
本試験では勉強したことが全く出なくて、ちんぷんかんぷんな状況だったので当然の不合格です。
これまでの3年間がすべて無駄だったと考え、そこで挫折し、夢を諦めました。
人生の目標を失いました。
この時期と重なったんで卒論を書かなかったのもあると思います。
なぜ資格試験は不合格になったか?
今思えば、家裁調査官試験で不合格になったのは当たり前です。
それは
- 情報収集を怠った
- 戦略を考えなかった
からです。
何をするにも、
- 目標設定→情報の収集と分析→戦略を立てる→戦術を決める
が必要なのに、全くできていなかったからです。
特に資格試験を戦う上では重要なので、ご興味のある方は↓↓↓の記事をご覧ください。
失敗は成功のもと
ありきたりですが、失敗は成功のもとです。
失敗のない人生はつまらないし、人間的にも成長できません。
今回このような自分で書いていて恥ずかしいことも、今となってようやく書けることです。
当時は悔しいやら情けないやらで感情がぐちゃぐちゃになって本当に自分がイヤになりました。
そんなみじめな自分をさらけ出すなんて、とてもじゃないけど出来ません。
当然です。
今現在、当時の私と同じように自分がイヤになっている方もいるかもしれませんが、どうかご自分を責めずに。
失敗は時間がたてば忘れるときが来て、自分の番がまわってくるときが必ず来ます。
失敗はそのままなら負債ですが、気持ちと戦略を変えれば必ず資産になります。
失敗は成功のもとです。
最後に、私が心のよりどころにしている徳川家康の遺訓を記して私の失敗体験記を終えたいと思います。
人の一生は重荷を負って遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。
勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。